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福田 佳之

Better death than wrong






産業経済調査部 シニアエコノミスト
福田 佳之

 日本語訳は「悪いことをするぐらいなら死んだほうがまし」。なにやら不穏なタイトルです。普通、医療や年金の現状に不安を抱えていても「死んだほうがまし」ではなく「長生きしたい」人が多いでしょう。また大企業にいる多くの社員にとって、今いる会社は無くなってしまえではなく、未来永劫続くと信じているのではないでしょうか。

 そのような生への執着とは無関係に「死」は必ずやってきます。その「死」について、生物学的に二つのタイプの「死」があることが知られています。事故など外的ショックを受けて細胞が膨張・破裂するネクローシス(Necrosis:壊死)と、細胞が自ら収縮・断片化し、最終的には排泄されるなどして消滅するアポトーシス(Apoptosis:自死)です。このアポトーシスは遺伝子レベルでコントロールされています。つまり、遺伝子が体内に流れるホルモン量などで細胞が不要だと判断すれば、アポトーシスのプログラムを発動して、不要な細胞を死なせます。その際、ネクローシス(壊死)と違って、細胞消去時に痛みや炎症などの反応は起こりません。実際、アポトーシスは体内で頻繁に起こっており、1 日200 グラム分の細胞がアポトーシスで死んでいると言われています。

 どうしてアポトーシスが存在するのでしょうか。アポトーシスがなければ少なくとも細胞レベルでは長寿が可能になると思われます。しかし、細胞が長生きすると遺伝子は古くなるだけでなく紫外線や放射線などで傷を負い、正常でなくなります。こういった異常な遺伝子は個体の発現だけでなく、個体が属する種の存続に影響を及ぼします。こういったリスクを避けるために、アポトーシスという「死」のプログラムを発動して異常な遺伝子を細胞丸ごと消去し、種の存続を保つということです。まさに「Better death than wrong」なのです。

 ところで、アポトーシスは日本の産業や企業組織のあり方について考える材料を提供してくれます。現在、日本のいくつかの産業では競争力が低下し、リストラという痛みの伴う大手術を行わざるを得ません。これらの産業や企業の一部ではネクローシス(壊死)を迎えるでしょう。しかし、前もって産業や企業の内部に自然界の摂理であるアポトーシスを仕組むとしたらどうでしょうか。今いる企業や人材が、産業や企業が進むべき方向と合致しなくなる前に、自動的に外れるとしたら、日本は将来の環境変化に痛みなく適応できる気がします。

 ガンなど難病研究がアポトーシスの視点を取り入れたことで飛躍的に進展しています。日本の産業や企業の今後について、成長戦略など「生」の視点から議論するだけではなく、「死」の視点から眺め直すことで繁栄の手がかりが得られるかもしれません。

【参考文献】
田沼靖一『ヒトはどうして死ぬのか 死の遺伝子
の謎』幻冬舎新書、2010 年7 月30 日

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