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TBRの社員が「経営センサー」に寄稿しています。

内藤 陽子

「簡略」という名のおもてなし






人材開発部
内藤 陽子

 私は会社の茶道部に入っています。長年続けている割には未熟なままなのですが、先日その講習会で「茶道と日本経済」というテーマで、アジア開発銀行研究所 所長の吉野直行氏の講演を聴く機会がありました。
 前段として現在の世界と日本の情勢のお話があり、今後の日本経済発展のためにはインバウンドの呼び込みは欠かせず、その大きな原動力の一つはマンガやアニメを始めとする日本独特のカルチャーであり、茶道も十分その力になりうる、といったお話でした。
 ただし、と吉野氏は続けます。「お茶をいただくまでの手順は、外国人にとってとても複雑かつ長く感じます。日本人の私でもそう思います。茶道をより身近に感じる魅力的なコンテンツにするために、ひいては日本経済発展のためにも、もっと簡略化することを考えてみませんか」と。

 確かにお茶をたてるまでの所作は決まり事が多く、堅苦しさや冗長さを感じる人もいます。実際、過去にフランス人の留学生が茶道に興味を持ってくれたものの、いざ体験すると「堅苦しくて私には合わない」と言われたことがありました。
 一方で、私たちはお茶をたてる動作の一つ一つには意味があると習います。講演を聴きながら考えていたのは、一連の流れで覚えた動作を省略することなど思いもつかないし、少しの緊張感を伴うあのゆっくりした時間を味わうのも醍醐味の一つなのに、簡略化したらその良さが消えてしまうのではないだろうか、ということでした。

 家元でもない限りお点てまえ前の手順を変える権限はありませんし、私は一介の門下生ですが、講演後につらつらと咀嚼していて最初に思い浮かんだのは、観光地の寺院で振る舞われているお抹茶の席でした。お茶をたてる過程は省き、5分ほど座って待っていれば和服に身を包んだ女性がお茶とお菓子を運んできてくれます。最近では、外国の方々が緋ひ 毛もうせん氈に腰かけて、美しいお庭を眺めながらお抹茶を楽しんでいる姿もよく目にするようになりました。作法は関係なく、食と風景の和の情緒を味わうという至ってシンプルな経験は、まずは興味を持ってもらう第一歩になりそうです。

 また、これは日本の方でしたが、出されたお茶を前に「どういただけばいいんですか?」と尋ねているのを何度となく見かけたことがあります。
 これが練習の場であれば「まずは隣の方にご挨拶」「右手で茶碗をとり左手を添えて」と、一から十までの動作に細かく指導が入るところです。しかし、流儀も何も関係ない無礼講のお席ですから、そういうときの返答はおおむね決まって「どうぞお好きなように(お飲みください)」です。
 もちろん質問した方は手取り足取りの小難しい作法を望んではいないでしょうが、せっかく少しでも「茶道」に対して持ってもらった関心に、これでは応え切れていないように思います。

 では、より興味関心を持ってもらうには、どのように伝えればいいのでしょうか。
 一番大事なのは、相手に合わせることなのでしょう。相手が知りたいことを相手が理解できる形と情報量で伝えること、自分の知っている型のとおりに伝えるのではなく相手に合わせて表現できることが必要なのだと思います。
 文字にすると当たり前のことですが、当たり前を実践するのは何より難しいと千利休は言っています。
 伝えるためには、自分自身が伝える内容を体系的に理解していなければなりません。でなければ相手の知りたいことだけを知識の中から無理なく切り取って伝えることも、効果的な言葉を選ぶこともできないからです。

 話が最初に戻りますが、そう考えると、吉野氏の言う「簡略化」とは言葉通りに“簡略”にすることではなく、相手に合わせた心遣い、「おもてなし」をするということなのでしょう。それは、まさに千利休の言う茶道の精神にも通じています。
 残念ながら、私は日本文化として茶道を伝えるにはまったく精進が足りていません。また、日常においても誰かに何かを伝える場面で、相手への配慮ができているかと顧みるに、反省することばかりです。けれど、まずは「簡略化」をキーワードにして、茶道も含めた身近な場面での心遣いを心がけていきたいと思います。

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